【#174】 慈母観音

私の父は平成8年に亡なったが
母親は健在である。今80歳である。しゃきしゃきの
元気なお婆さんであるが、私の母である。
2週間に一回は電話するのであるが、少しでも
遅くなると、非常に心配するのである。
「しばらく電話くれなかったな、」とか「会社は大丈夫か
、」「体は大丈夫か、」母の聞くことは何時も同じである。
子供を案じる言葉だけである。
母にとって52歳になる私は、永遠に三歳の子供
と同じであり、何時も心配の対象である。
母の愛は、子供には計り知ることができない。
母の強さは、子供の強さの比ではない、と
何時も思うのである。
若い母には若いなりに、年老いた母には年老いた
なりに、母としての優しさと、強さと、愛の
深さを持っている。それは父のそれとは違う
厳しさと、慈悲に満ちている。要するに無償の愛であり
身代わりの愛である。
だから、慈母観音というのがあるんだな。
慈父観音ってあまり聞かないものね。
慈愛という字は、仏の様な慈悲深い愛であり
決して見返りを求めない、母からの一方的に
注ぐだけの愛である。正に慈愛は母につけられた
言葉のなのである。
母の私に対する愛は、この慈愛である事を言葉の奥に感ずる。
おそらく世の母の、我が子への愛は、すべて慈愛であろう。
慈愛こそ、母と子のきっても切れない絆である。
世の母はすべて慈母観音であると思う。
                  慈母観音に拝 及川秀悟