昨日の産経新聞、「ただいま」を聞くまで戦いはおわらない、の
ニッポン放送の報道番組「母、横田早紀江の祈り」を特集記事を
読んで涙が溢れた。
昭和52年11月15日に、我が娘横田めぐみさんが忽然と
いなくってからの、母早紀江さん娘を探す戦いの始まりであり
、娘めぐみを思う母の身の裂ける様な毎日の始まりでもあった。
最初の頃はいろいろ家族で探すのですが、なかなか
世間は相手にしてくれない。途方にくれる連続の
様であった。毎日毎日泣いて泣いて涙が枯れて果てたと言う。
本当によく錯乱しなかった、と思うほどである。
我が子が突然何の不自由もない幸せな家庭から
いなくなる。なぜなのか母の心には何もわからない。
平成9年の1月にめぐみさんが北朝鮮にいる事が
わかった。しかしまだ拉致とは分からなかったが
だんだんそれれ拉致と分かり、それまでの悲みから
怒りの心へとかわった。このへんからマスコミもようやく
横田めぐみさんの失踪事件を北朝鮮による拉致疑惑と
して取り上げ始めた。しかしマスコミは北朝鮮に遠慮してか
あくまで疑惑であった。政治もなかなか動かなかったが
こちらもようやく調査や国会での動きが出始めたのである。
それ以降今日まで拉致被害者家族の必死の戦いは
続いている。
政治は国民の生命と財産の安全を守る事にあるが、
日本の政治に限っては、政治家も役人(外務省)も少なくても
この拉致問題には取組んでこなかった。いや取組んで
こなかったというより、この問題をひた隠しにしてきた。
拉致が存在していた事は知っていたが、北朝鮮との
関係を壊したくない、利権を確保しておきたい、の
政治家、役人の党利私利のみである。
社民党も朝鮮総連から金を貰っているし、自民とも
同じである。国会では与党と野党であるが、北朝鮮の
利権と金では挙党体制であった。
その犠牲が拉致問題である。何たる国であろう。
産経新聞の最後に
あの日 あの朝、「行って来ます」の言葉を残し
めぐみさんが家を出ていってから25年。また新たな
一年が加わろうとしている。
♪
青い月夜の浜辺には 親をさがして鳴く鳥の
めぐみさんが好きだったこの歌を聴くと、早紀江さんは、
自分がとりになれたらと思う事がある。
もし翼があったら、海の向こうへ飛んでいって娘を
救い出してやれるのに。
めぐみさんの歌声は日本海の波間から今も聴こえる。
「ただいま」を聞くまで早紀江さんの戦いは終わらない。