【#591】 家族の絆

最近の犯罪にの背景に家族の崩壊があると思うのである。
30年ぐらい前から核家族とかニューファミリーという
言葉が流行し、夫婦親子だけでの家族がもてはやされ、
祖父祖母は別居する事が文化的家族とされた。
ニューファミリーは、祖父祖母は考えが古いと疎外し
新しい事、進歩的な事は良い事として、伝統的な事や文化的な事を
否定されてきた。
そこには家族の絆は古臭い事であり、個性豊かに
生きる事がカッコいい生きたかであり、
家族という縛りの仲で生きることより、個人的に独立した
生き方が優先されてきた。こんな社会が20年以上続いてきた。
そして今日の日本社会ができたのである。
今の日本人には公の為の心は微塵もなく、倫理観や社会的秩序の前に、
個人の自由や人権が優先される社会になった。
最近は家族から個族と言われる造語まであるといわれる。
もう家族ではない。個人が一つ屋根の下に住んでいるだけの
家が多くなりつつあるのである。
そんな個族の中から犯罪や非行が生産されていくのではないだろうか。
家族の絆、家族のため、家族愛、親子愛、おばあちゃんやおじいちゃん
の愛情や知恵が今家庭から消えようとしている。
嘗て家の中で普通にやっていた兄弟喧嘩は今はなく、
あるのはファミコンやテレビゲームに向き合っている
子供だけである。兄弟喧嘩の仲から兄弟愛を育まれるのだが
個族の中の兄弟喧嘩は犯罪となる事がある。
親が子供を虐待する事件が多いが、子が親を殺し親が子供殺す事件も
多くなってきた。
とても考えられない事が多発しているのである。
最近何かの雑誌で読んだのだが、最近の母親に
子供の愛し方だ分からない、という母親が多くなってきた
といわれるが、子供の愛し方は本来本能的に持っている
母性であり、これは考える事でもなければ知識でも
知恵でもない。生命あるものが持っている最も自然な事であり、
最も本質的なことである。それすら分からい親がいるということは
正に病める社会進行しているのである。
家族が互いに助けあう、家族が互いに分かち合う、家族が互いに
我慢しあう、家族が互いに協力し合う、家族が互いに認め合う
こんなところから家族の絆が育まれるのではないだろうか。
けっして個族からは絆が育まれないのです。
古いと言われてもいい。家族を大事にしたいものである。