その土地、地方の言葉を方言というが、方言にはその土地独特な
響きがあり、温もりがある。優しさや深い意味を持っている。
その会話の中に、その土地の人でなければ通じない事もあるし、
その土地、地方の人だから通じることもあるのが方言である。
その土地の文化や歴史がその方言の中に脈々と流れている。
しかし近代文明(TV、ラジオ)は、この方言文化を薄めてきた。
TVやラジオは全国に標準語で流れ、これが日本規準となってしまった。
中高年、老人の人達は、まだまだ方言まるだしであるが、子供たち、
若者たちは方言と日本基準語の両刀使いである。
子供たち同志で話すときは日本基準語で、祖父母や両親と話すときは
方言で話す。この子供たちが大人になると、全て日本基準語で話す
ようになるのではないだろうか。
ある本を読んでいたら、江戸時代でも地方の武士が江戸や上方に行くと、
江戸や上方の言葉を使い、自分の出身の言葉を隠してしまうものが
多くいたという。
いつも時代でもそうであるが、都会物が良いものという事なんだな!!
デジタル社会は地方と都市との距離がなくなった。情報差もない。
時間差もなくなった。
言葉もだんだん差がなくなっていく。
方言を大事にしたいものである。
先日、二男の拓也が「おばあちゃんと話す時は通訳が必要なんだよな」
と話しているのを聞いて嬉しくなった。