【#1244】 決断について

経営者というものは、いつもいろいろな事を、決断しなければならない
立場にいる。大きな決断もあれば、小さな事での決断もある。
決断とは、物事をやるかやらないかを決める事であるが、この決断(意
思決定)が個人であれば、その人の人生を決めてしまうことあるし、組
織であれば、組織の運命を決める事もある。特に会社などは社長の意思
決定が、会社の将来を決めてしまうことがある。故に事に当たって決断
することは非常に難しい事なのです。

歴史は指導者の決断の歴史であるといっても良い。信長の桶狭間も、
明智光秀の本能寺も、近年の戦争や企業戦略も全て、大将や国家指導者
、企業経営者の決断で実行されたものである。

決断は行為者が行うものであり、その結果は行為者である決断者が負う
者である。評論家のように、行為しないものが決断することはない。ど
んなに論理的であったり、戦略的思考であっても、評論家は「行為せざ
る者」なのだ。政治評論家もスポーツ評論かも、経済評論家も「行為せ
ざる者」であって、自分の評論が外れて辞めた評論家など聞いたことは
ない。評論には責任がないのだから。

司馬遼太郎の播磨灘物語に一説にこんな行ある。

「武士の悲しみは、合戦のつど、妻子と死別を覚悟せねばならぬことで
はなく、常に旗幟を明らかにせねばならぬことだ。」

旗幟を明らかにするということは、自分を主家の運命と賭博に身を投じ
る意思決定を常にしなければならにことだと言う。常に自分の身のおき
場を自分で決める事、そのこと自体が決断である。いつも自分の命を、
主家に預けなければならない戦国武将の決断は厳しいものだ。