災難とは油断した時にやってくるものだ。
昨日知人と少しの酒と食事をした。現代日本の憂いを語り、
失われてゆく日本人としての誇りや、精神性について論じて、気分も
よく心の満足を感じながら帰宅の途に着いたのでした。
新橋駅で降り、愛宕の事務所に向って歩き出した。午後11時でしたが
金曜日のせいもあり、新橋周辺は大きな音楽の音、酔っ払いが大きな
声で話す声、夜の雑踏とはこのこ事を言うのだろうな・・・・・・
などと思いながら、日比谷通りを横切り、少し暗い小さな路地に入っ
た。
そのときである。突然「ぐあ~」と一発きた。何が起きたかわからな
い。目から火花が飛び、かけていためがねが「グニャリ」と曲がり、
頭を寺の大鐘の中で突っ込み、一発「ぐあ~」とやられたような、
響きと衝撃がはしり、ふらふらしてしまった。
その間数秒であったが我を失った。何が起きたのだろうか・・・・。
私の目の前にあったのは、コンクリートの「電柱」ではないか。
そうなんです。私は電柱に突っ込んでしまったのです。
それまでの明るいところから急に暗いところに入り、酔っていたせいも
あり、電柱が一瞬見えなかったんですね。少し俯き加減に歩いていたの
で額から電柱に突っ込んだんですね。いくら私の頭が「頑固頭」でも
電柱には勝てない。
われを取り戻し、格好の悪さに周囲をキョロキョロみて、誰もいなかっ
たことを確認して、何も無かったようにして事務所に戻ったのでした。
帰って鏡の前で自分の顔をみたら、額に電柱のコンクリの痕が痛々しく
血をにじませていた。なんとも情けない自分の顔にあきれた。
カルタに「いぬもあれけば ぼうにあたる」、というのがあったが
「おれもあるけば 電柱に当たる」か・・・・・・・などと呟いたり、
「月夜の晩ばかりじゃないよな」・・・・・・と、自分の不注意を
反省しました。
額の痛々しい傷は今日も少し痛むんですね。なんとも情けない話じゃな
いですか。