【#1320】 最近の新聞記事から

先日の日経新聞「経済論壇」に「蟹工船ブームの背景を探る」と言う記
事があった。読んでみると小林多喜二の小説「蟹工船」がひそかなブー
ムであるというのだ。

先般の秋葉原の無差別殺人事件の容疑者が派遣労働者であったことか
ら、蟹工船の労働者たちが社会の底辺で抑圧され労働させられた事と
ラップして書かれた記事であった。

東京大学の羹尚中教授が「容疑者が示していた勝ち組への強い怨念に共
感のような心情の若者が増えてきているのは間違いない」と指摘してい
る。

またフリーライターの赤城智弘氏の意見として「フリーターとして上昇
カーブを描けない」時に、それを何とかして変えようとした時、「暴力
的な手段が付属するのは当たり前」と紹介されていた。

両者の意見は何か犯罪の原因を社会のせいにしていないだろうか。確か
に閉塞感のある社会ではあるし、秋葉原の事件は派遣社員であったが、
だからと言って、派遣社員が格差社会の象徴であったり、このような犯
罪の背景ではない。派遣社員だからと言って必ずしも差別されたり低賃
金であったりすることはないし、正社員よりも自由に時間を使い自分の
やりたい事をやり、結構良い給料を貰っている者も多いのでる。

またフリーターでも同じである。赤木氏が言うようにフリーターが現状
変化をするとき「暴力的な手段が付属するのは当たり前」とは、フリー
ターを蔑視した言い方であると思う。現状変革は個人の心の持ち方でい
くらでもできるし、現状変革したフリーターや派遣社員も多くいるので
す。いや暴力的な手段に訴えるのは極稀である。

一つの犯罪や事件を、なんでも社会のせいにてしまう事は、問題の本質
を見失ってしまう。問題が社会にあるように捉える事はその犯罪や事件
が正当化され、社会が悪いと言う事になる。

2ちゃんねるの西村博之氏は「不満を社会のせいにし、怒りだけをぶつ
けようとする若者の姿勢を甘え以外の何物でもない」と言っているが、
まさにその通りと思う。その甘えを許しているのが社会であると言うの
であれば、我々はおおいに反省しなければならない。

何時の時代にも「蟹工船」のように社会の底辺の人はいる。
でもそこから這い上がる人も多くいる。いや這い上がる人のほうが圧倒
的に多いのだと思う。