【#1481】 国民の

政治の役割は、国家の安全(他国脅威から国民を守る)と、国民の生命
と財産を守り、安全で安心に生活できる社会を建設する事である。

国家の安全なくして、国民の安全で安心な社会などない。真に安全で安
心な社会とは、他国の脅威の不安を国民からなくす事であり、脅威にさ
らされたとき国民を守る力がある事である。

今、日本の周辺には、朝鮮半島は一触即発の危機にあり、中国は軍事力
拡大にあるが、日本政府には危機感や緊張感がない。韓国と北朝鮮の軍
事的緊張の高まりは日本にとっても非常に高い緊張感なのだが、この国
の政治家も国民にも何の緊張感も危機感もない。中国の軍拡にもまった
くといっていいほど関心もなければ興味もないようである。

日本人にとって平和とは、「争いのない事」である。日本以外の国とっ
て平和とは「国家のアイデンティティが明確され、自分達で自国を守れ
る事」である。自分達で自分達の国を守れない状態を「平和」とは言わ
ない。

8月6日に広島市長は「平和宣言」で「核の傘からの脱却」を言われた
が、北朝鮮、中国の核の脅威にどう対処しようと言うのだろう。北朝鮮
の凶暴が勃発したら、どのようにして「国民を脅威から守れるというの
だ」。話し合いで解決すればよいとでも言うのだろうか。話し合いで解
決できるのなら、世界から戦争や紛争などとっくの昔から消滅している
はずである。「話し合いで解決できない」が世界の常識であり、歴史が
証明している。「話し合いは」大事だが「自国を守る気構えと備え」を
持っての話し合いでなければならないが、「自国を守る気構えも備え」
を持たずして「平和」な国家などありえない。ロシア、北朝鮮、中国の
「核保有国」に囲まれて、「核の傘を放棄」しての「平和」があるとい
う考えは気が知れない。

政治をしない政治家。「政党内の権力闘争」に明け暮れている政治家。
これはこれを許している国民の責任である。