政治家は国民感情からかけ離れている事は分かっている。国民に選挙で
選ばれるのではあるが、当選すると選挙民から心が離れ「先生」になっ
てしまって、国民目線でものごとの判断ができなくなるようである。
小沢一郎もその政治家の一人である。古い金権体質の政治家の最後とい
えばこの人しかいない。田中角栄そして金丸信のように、カネで票を買
い、金を配り子分を作り派閥を作る。小沢一郎は未だにこの古い手法で
勢力を張っている。
2度に渡る「検察審査会」で起訴相当とされ強制起訴されても、未だに
民主党で最大勢力を張る不思議さ。そして「無罪」を主張している。事
の真相は分からないが最終的には法の裁きを受けるのだが、たとえ小沢
一郎が「無罪」となったとしても、当時の秘書3人が有罪判決を受け、
自身も司法の場にかけられているだから、議員ぐらいは辞めて政治的責
任と同義的責任を国民の前にしめしたらどうだろうか。
検察批判を繰り返すまえに、まず自らの姿勢を正すべきである。
民主党が野党のときは、与党議員がこのような問題を起したとき、議員
辞職を要求したし、政府を追求していた。小沢一郎は民主党の党員資格
停止中ではあるが子分は皆民主党員であるし、4億円の金も民主党の子
分を作るために配った選挙資金である。なのになぜ民主党議員は何も言
わぬ。身内から正せよ・・・・といいたいが、永田村に住む国会議員と
いう人種は「人の悪事はせめるが、身内の悪事にはだんまりである」。
子供の道徳教育には一番よくない見本だ。
「政治家のレベルは、その国の民度を示す」と言われるが、この国の民
度は今の政治家のレベルをみれば分かる」というものである。
大震災・原発事故・国の借金・安全保障など、今の日本の国難を救う
「救国主」は政治家ではない。その「救国主」は国民だと思う。それは
政治家を選ぶのは国民であるからである。カネや地位・そして名誉だけ
に執着する政治家に「救国」の一辺の志も見えない。