司馬遼太郎は「人間というもの」の中で、「菜の花の沖」からこの一文
を紹介している。
「親切」
というものは、愛欲などといったような人間の本能とは別の系列の感情
行為である。親切は、人間の暮らしの日常のなかで、さまざまな数奇を
生む要素かと思われる。ふつう日本社会にあっては軽度の親切はあって
も、身を破滅させるほどにそれを貫く例は少ない・・(菜の花の沖五」
その昔「小さな親切運動」があった。困ったら人がいたら、ほんの少し
でよいから親切の手を差しのべよう・・・と。
いまは死語になったように思うな。
でも池に落ちた他人の子供を救う為に、自らの身を顧みず飛び込み命を
亡くした人や、線路に落ちた人を助けるために自分の命を亡くした人も
をいる。
司馬遼太郎が言う「身を破滅するほどの親切」とは、このような事なの
であろう・・・。