昨夜は(今朝といったほうが良いが)は、浅い眠りで12時に寝て4時に
は目が覚めた。私は目が覚めたら布団の中でウトウトや悶々が好きでは
ないので、起床することにしている。倫理研究所の「万人幸福の栞」に
も「目が覚めたらさっと起きる」とあるが、この習慣は30年ぐらい続け
ている。そんなことで今日も睡眠不足であった・・・。
単なる「年寄りの早起き」かもしれないが・・。今日もこんな時間に
なった
「安岡正篤の一日一言集」の中に、こんなことが書いてある。その一
節。
「老の三つの意味」
「老」には三つの意味がある。
1つは年をとる。
2つは練れる。
3つは「考」として通用して、思索が深まり完成する。
要するに「年をとる」と言うが、これは単なる加齢だな。
人生の経験を積み、思想を深め、自己・人生の深みの味わうことがこと
が出来る、そんな華麗な人生、完成された人生を「老」というのも良い
ものだという。
私の一番嫌いな言葉は「老」であり「加齢」である。心は何時も「華
麗」であり「活齢」でありたいものだと思っている。
サミュエル・ウルマンの詩「青春」で語られているように・・。
今夜は仕事を22時に終えて、その後は頂いた「37度の焼酎」飲みながら
「空海」を読んでいた。ふと安岡正篤先生に会いたくなって先生の本を
取り出し一節を読んだ。満足・・・
焼酎の心地よい酔いで寝ることにしよう。
明日は伊達先生の「香道」の日である。主題は「聞香 良寛の愛」で
す。自分の「愛」も問いたいと思う。この「お香」も伊達先生とともに
20年だな。