【#2429】 社会の片隅の現実

 水は高いところから低いところに流れ
 お金が低いところから高いところに流れる

 知識は高いところから低いところに流れ
 噂は低いところから高いところに流れる

 君子は危きに近寄らず
 三太郎は「がさ」ネタに踊る

今日は寒さの中にも春の香りが漂う一日であった・・

経営は「商売の種まきである」という。「撒かぬ種は生えないが、撒い
たる種はみな生える」ともいう。経営者が、なんの種を撒くかによって
企業は良くもなり悪くもなる・・・。また、新しい種を撒かずにいては
やがて種は途絶える。そして「撒いたる種には、水をやり肥やしをやら
ねば美はならない」な。

人生も、常に種を撒き続け、水と肥料をやり、自分という木を育てなけ
ればと思う。それは終わりはない。終わるときは死ぬ時だな。

サンティシュ・クマールの「君あり、故に我あり」は何とも素晴らしい
書だ。大いに感動した。これは宗教書なのか哲学書なのか、私にはわか
らないが、インドの社会思想、哲学者ともいうべきサンティシュ・クマ
ールの旅はただただ感動するものである。

今日はこれで終了とする。ただただ慌ただしい一日であったが、「慌た
だしさ」とは、自分の心の落ち着きがないことだ。取り巻く環境や事業
は何も変わらないのだから・・・。