【#2534】 今日の本棚から

今日机の中を整理していたら、15年以上も前に頂いた元聖心女子大学教
授(天理教け郷分教会長)の松本先生(故人)の手紙やハガキが出てき
た。戦後東大からハーバー大学に学ばれた文学博士の先生でした。几帳
面な文字でとてもやさしい文書で書かれた手紙でした・・。

何時もハガキや手紙を頂いき、私も拙い文章で返事を書いたりしていま
した。死の直前にも先生から手紙を頂いてました。今日それを読み直
し、松本先生の大学教授としての研究人生(宗教学がご専門)の足跡が
目に浮かんできました・・・。手紙やハガキは多くいただいていました
がお会いし話したのは数回でした。

松本先生の著書「成人の心」に目を通していましたら・・

  この世の中には、人間の目に見えるものと見えないものとが
  あります。人はそのうち、見えるもの、形に現れるものにの
  み心を向けたり奪われたりしがちです。

  例えば、樹の幹、枝葉、花、実などの姿やそのうつろいには
  よく関心を持ちますが、それらを見えないところで支え、生
  かしめている、根の働きについては、殆ど忘れてしまってい
  るのが常の様です。
  すべてのものの源泉、「親」は根のようなものといえます。

私の師でもありますに中村功氏(銀河高原ビール創業者)からこんなお
話を聞かして頂いた・・

  経営には見える経営と見えない経営がある。見える経営とは
  会社の業績であるとか宣伝広告であるとか、生産技術や設備
  などである。
  見えない経営とは、経営者の経営哲学や企業文化、方針など
  です。実は企業は見える経営は、見えないといわれる経営者
  の経営哲学や企業文化によって成長するのだ。
  これは「経営土壌論」といっておられました。良い土壌には
  良き木が生えるという事です。良き企業文化の会社は内容の
  良き企業に育っていくという事です。

松本先生の「根」のお話も、中村功氏の「経営土壌論」の話も、我々の
生活も人生もまた経営も、実は華やかに見える部分は一部であって、見
えない心の在り方、経営であれば経営思想や哲学が、見える部分を支え
ている「根」なのだと思う。

今日はこれで終了とする・・・。