【#2935】 愚公移山でありたい。

昔読んだ本に「愚公移山」がある。仕事で悩んだ時とか、大きな夢に向かって挑戦している時はこ
の一節を思い出す事にしている。

 昔、中国に大行山と王屋山という二つの高山があり、人々は村に出入りにするのに遠回りをしな
ければならなかった。北山の愚公という老人は90歳になろうといていましたがこの二つの山を取
り除き平らにし、遠回りをしなくても良いようにしようと考えたのです。隣近所の多くの人は愚公
を馬鹿にし、表では賛成し陰では陰口を叩きながら笑っていた。

 中でも一番の反対者は奥さんであったのです。「これまで小さな山も崩せなかった人がどうして
大行山や王屋山を崩して平らにできようか」と疑い、反対したのでした。また崩した山の土を捨て
るのに海まで持っていかなければならず、これをもっていくだけで片道1年もかかるのです。それ
を見ていた知旻は「90歳にもなって老い先短いのに、山の端くれも崩せないだろう・・・」と言
ったのでしたが、愚公はそれに嘆息して言ったのです。「貴方こそ愚かな心の持ち主でだ。お前さ
んのように決まった事しか考えられない人には分かるまい。わしが死んでも子供がいる。子供は孫
を産む。その孫はまた子を産む。次々と子供を産んでいく。子孫は尽きる事はないが、山は今以上
には大きくならないし増えないのだ。」と。

 これを聞いた天帝は愚公の一途な心に感心し、二つの山を神に背負わせて平らにしたと言う話で
す。 2400年以上前の話ですが現代でも良く「愚公のような人だ」とか「愚公人」等といわれ、
今でも新鮮な言葉として聞く事ができます。

 この話は、人間は知識があるとかないとかではなく、自分の行う事を一途に信じて実行する事で
どんな困難、苦難と思われるような事でも、やがて実ると言う事を教えてくれています。気の遠く
なるような大事業でも、千丈の堤の堰堤のような障壁も「愚公移山」の志をもってやれば、やがて
天が味方しそれを乗り越え実現する事ができるということです。

愚公のような遠大な計画は、一見実現しそうにない目標ですし、当然のごとくそんな計画や目標は
達成できるわけがないと、他人から批判されたり一笑されたりして相手にされないものです。

私も70歳を数年前に過ぎた。70歳を過ぎてから3度目の「漆事業を起業」をして、今その事業を
成功させるべき「愚公移山」を心に刻んで邁進している。

今日はこれで終了する。