今日は私が起業した1986年依頼の客様の会社に訪問でした。ここ数年コロナで訪問できていなかったが応対してくれた社員の方がよく覚えてくれていて、話しが進み良い商談もできた。社長は84歳で現役で現場に出て働いているという。往時は良く夜遅くまで経営談義したものでした。
「遇」と「不遇」は時なり
孔子が弟子たちと諸国を旅していた時、ある国の政争に巻き込まれ前に進む事も、後に戻ることもできなくなった。その上に食うものもなく空腹になり立ち往生した。この時弟子の子路が孔子に
尋ねた。「君子でも何もできずこんな惨めな思いをするんですか」と。孔子は「遇不遇者時也」の言葉をもって弟子を諭したと言われる。
「遇」とは、何をやっても上手く行くときがある。自分の力がない時でも運があるとでもいうのでしょうか。自分でも信じがたいほどトントン拍子の時がある。これを「遇」という。
「不遇」とは、また反対に何をやっても上手くいかないときがある。どんなに体に汗して働いても、どんなに意強くして頑張っても上手くいかない時は上手くいかないものである。これを「不遇」という。
太陽、月が昇って下がり、下がっては昇るようなものだ。これは自然の一定の働きである。人生の「遇」と「不遇」は太陽、月の昇り下がりと同じようなものだ。
孔子は、「身を修めて行い端くして以ってその時を待て。」と言われたという・・・・。
良いお話だ。今日はこれで終了です。