【#3131】大阪商人に三法あり

経営者は常に判断と決断が求められるものです。常に色々な問題や解決しなければならない事を処理する能力が求めれるのが経営者です。経営には人の問題や資金や金融機関との交渉や、業界団体との関係、流動する経済環境への対応、お客様、得意先様、そして取引先様との対応など、日々厳しい判断や決断、対応をしていかなければならないのが経営者の仕事ですね。故に経営者は常に自分の判断基準とする価値観や見識を磨かねばならないと言われます。また情報収集や情報を選択して有益な情報とすることも求められます。日頃から自己を磨き自己を律する修養が大事だと言う。

今日は久しぶりに「商人肝要」をめっくて見た。その一節から下の文章を再再読してみた。大阪商人は今でも厳しい商売をするのも昔からこのような教えを守ってきているんだなと思いながら読ませていただいた。

江戸時代の大阪商人は、ものごとを行うにあたっては、堅実的で合理的に行う事を身につていたという。それが今日まで大阪商人の心の中に伝統的に受け継がれているという。その受け継がれた伝統の中に「商に三法あり」という言葉があります。この「商に三法あり」は、大阪商人に商人として求められる素養を述べているのです。

その一法は、「始末する事」。よく「始末のできない人」とか「後始末をする」などといわれるが、この始末をするという言葉は、そもそも「物事の初めと終わりの辻褄を合わせる」という意味を持っている。大阪商人はこの「始末」を収入と支出の計算が合う事、無駄を省き効率の良い商いをする事ととらえていたといわれる。

その二法は、「算用する事」、何事も「そろばん勘定せよ」という事です。商人は儲けるために働くのですから損をしてはいけないという。「勘定のできないものは商売をしてはいけない」と言い切る大阪商人。一回の利益で確実に利益が得られる。一件一件のお客様から僅かでも儲けさせて頂く事が商売を続けることであると大阪商人はいう。

その三法は、「商才、才覚」という事です。「敏感に感じる感覚」「その商売に機がある」「その機を見る敏感な目」「敏感に感じる感覚」それを「取り込む行動力」を商才、才覚というと大阪商人は言う。機のある時に商売をせよ。商才があるかないか、その厳しい環境の中で大阪商人は生死を覚悟して商売をしてきた。これが「難波の商い道」であり「商に三法あり」です

この「商いに三法あり」を学び自分を磨いていきたいものです・