【#3437】愚行でありたい

中国の古典に「愚行山を移す」と言う話があります。大行山と王屋山はそれぞれ四方が七百里、高さ一万キロもあって、北南の北にあった。(北山の愚行という人は、年齢90歳であるが、)これらの山に四方を囲まれ日当たりが悪いので、この高い山を削って平地にしたという話です。愚行は90歳という年齢で、大行山と天屋山という目の前にある大きな障壁の撤去に取り組んだのです。到底自分が生きている間には完了しないのですが、自分の子供、孫が自分の意志を引き継いでやれば、必ずできると確信し、近所の人々に馬鹿にされながらもやり続けたのです。この故事は、愚行の話を通して、何事も明確な目標と粘り強くやり続ける実行力があればどんな目標も達成できる。どんな困難な事も、強い意志と実行する力があれば可能になることを教えています。

経営はもともと苦しいこと、困難なことは付きのもです。というより困難、苦難の連続です。必ず成長する方程式もなければ、経営が永遠に続く理論もないのです。経営はいつも不確実なものとの戦いなのです。先々の業績の見通しが立たない時も、経営者は何時も苦難や不安と戦うのです。また、業績がよければ、これがいつまで続くのかと、これまたこれと戦います。これを背負うのが経営者なのかもしれません。一方この苦難や困難、不安に粘り強く挑戦しながら、それを生き甲斐としてできるのも、また経営者です。苦難や困難は誰でも嫌ですが、これが嫌では経営者は務まらないのです。経営はロマンであるとか、経営はドラマであると言いますが、これも苦難や困難があるからロマンでありドラマであり価値があるのです。経営が誰でも簡単にできるなら、ロマンにもドラマにもならないのです。そして多くの経営者は苦難や困難な事をやり遂げることに、喜びや生き甲斐を感じるから経営者をやっているのではないでしょうか。