「経営はゴールのないマラソンである。」と言った人がいます。経営は創業した時からゴールのない戦いが始まるのです。そしてお客様や仕入先、銀行等の取引先を作り時間をかけて信用を築き、一方では社員を育て信頼関係を育みがら成長していくのです。これはすべて経営者である社長が手塩をかけなければできないことなのです。だから会社を途中でやめることができないのです。会社を止ると言うことは倒産をするか、創業の志を棄て余裕のあるうち会社をたたむ時なのです。どちらにしても、経営をやめるということは経営者にとっては地獄であるのですから、どんな苦難困難な時も戦いそれをを乗り越えなければならないし、諦めてはならないのです。 経営というゴールのないマラソンの中には、幸な時もあれば不幸な時もあるし、何をやっても上手くいく時もあれば、何をやってもやる事なす事が上手くいかない時もあります。また好調な時もあれば苦難困難を極める時もあるのです。経営にはこのような事はつきものであるし、むしろ経営はこの様な事の連続でなのです。経営者は苦難困難を喜ぶぐらいでなければならないと言われますが、言葉としてはわかるのですが、やはり苦難困難には会いたくないもです。 でも好調や不調は、期間の長い短いは多少あるかもしれませんが、交互にやってくるのです。永遠に続く好調もなければ永遠に続く不調もないのです。大事なことは幸不幸、順調不調、苦楽の時の自分の受け止め方や心のあり方が大切なのではないでしょうか。 「治に居て乱を忘れず」 「事予則立不足則廃」とか「以備待時待時興事」と云う中国の諺がありますが、彼はこれを怠ったのです。計画や準備を怠り勢いで走ったのでした。 また、不調の時は目の前の仕事に追われたり、今の問題に翻弄されたりして先が見えておらず、冷静に状況判断ができないのも中小企業の経営者には多いのではないでしょうか。不調の時や何か問題が発生したときに、冷静にそして客観的にものごとを見なければならないことはわかっているのですが、中小企業は社長が経営の指揮を取りながら、一方では社長が営業マンであったり社長が現場の作業員でもあったりもするのですから、「目前の蠅」を払うので精一杯で冷静にそして客観的に状況を見ることができないのも現実です。このような目先に追われる時に経営の方向を見失ったり、出口の見えない悪循環に入ったりするのです。 お釈迦様は、人間は苦から逃れることができないと言っていますが、我々にとって苦しいことは嫌なものでです。できるものなら一生苦難困難には遭遇したくないものですが、しかしこの苦難困難を避けたり逃れたりして経営をする事もできないのです。 「治に居て乱を忘れず、乱に居て治を忘れず。」と言いますが、経営者は順調な時も不調な時も、いずれの時も、ともに目の前の事だけではなく広い視野を持つことが大切である事を教えているのですが、経営の一つ一つの場面での経営者の心のあり方が経営のあり方を決めているのですから、普段からの心の鍛錬が大切なのです。 |
【#3479】「治に居て乱を忘れず」
- 2026年7月31日
- 今日の一言